日々フランス留学中の学生をお届けしている本ブログですが、今回はインタビュー形式で、パリで日本茶の普及に邁進しておられる寿月堂パリ ディレクターの丸山真紀様のお話をお伺いしてみました。
[caption id="attachment_154" align="aligncenter" width="300"] 青ほうじ茶(飛騨高山産、緑のお茶)を出していただき、味わいながらのインタビューとなりました[/caption]
僕の好みで“フランスでビジネスをする”方向に質問が少し偏っていますが、大変興味深く面白いお話をお伺いすることができました。ぜひご覧ください!
―まずは寿月堂のご紹介をお願い致します。
「寿月堂の源流は、父が六代目となる丸山海苔店にあります。丸山海苔店は安政元年(1854年)の創業です。父は祖父を継ぐ以前に花王でニベアのブランディングなどを担当していたことから、父の代となってから丸山海苔店に本格的なブランディング手法を持ち込むようになりました。“日本一美味しい海苔”を自慢に三ツ星レストランで利用していただいたり、流通を通さない売り方、銀座歌舞伎座への寿月堂の出店、数多くの商標登録など様々な角度からブランド構築を行ってきました。寿月堂は丸山海苔店と別ブランドとして、お茶を専門に扱う店として2003年に築地にオープンしたのです」
―とすると、フランスでの出店は最近になりますか。
「こちらへの出店は2008年になります。2003年に夫の駐在にあわせ再びパリにやってきましたが、日本で働いていたJICA(国際協力機構)に、ここフランスでも再就職しました。子供ができ仕事を辞めた後で、2005年ごろから手探りで寿月堂パリの出店を模索し始めました。2006年10月にフランスの国際食品展示会SIALに出展し、多くの反響を頂き出店の確信を得たといったところです。出店地が決まると次は店舗設計ですが、こちらは縁あって建築家の隈研吾先生にお願いする運びとなりました」
[caption id="attachment_155" align="aligncenter" width="240"] 店内カウンター席の様子[/caption]
[caption id="attachment_156" align="aligncenter" width="240"] 地下にはお茶室を設置してある[/caption]
―フランスで地道に営業を始め、今では多くの有名レストラン・ホテル・デパートでの取り扱いがある寿月堂ブランドですが、日本茶を広めていくにあたって苦労や印象に残る経験などはありましたか。
「多くの店では“お茶は無料で出すもの”という認識があった上に、食中に飲むのは一般的ではなく(水・お酒・コーラなどソフトドリンクが一般的)、そういったフランスにおける常識を打ち破っていく必要がありました。ここを有料にして美味しいお茶を出してはどうか、という提案が大変受けが良かった。数年前は“有料でお茶”というアイデアに抵抗があったレストランも、最近になって向こうから連絡が来ることもあります。少しずつ日本茶をお金を出して楽しむという発想が浸透してきています。また展示会での商談を経て、原材料としてお茶を使うアイデアも大変多く出ました。抹茶塩をつくるために抹茶を出す、といった具合です」
[caption id="attachment_161" align="aligncenter" width="206"] 仏誌EXPRESSEより[/caption]
「もう一つ勉強になったのは、パークハイアットホテルに営業させていただいた際に言われたこと。それ以前は、ただ“日本”を武器に売ってきたんです。“日本ですよ。日本のお茶ですよ”、と。パークハイアットには、“世界の一流の人が集まるホテルだから、世界で一番いいお茶を提供したい。日本であることが重要なのではなく、世界で一番のお茶であることが重要だ”と言われました。それ以来、“日本茶です、ゆえに良いものです”ではなく、“世界で最もおいしいお茶です、ところでこれは日本茶です”という薦め方をするようになりました。別に日本に大した興味があるわけではなく、純粋にお茶を愛している方もいるわけです。このとき、日本を押し出したブランディングは成功しないですよね。いいお茶をだしていることが重要で、それが実は日本のものであった、という日本茶の愛され方が理想的だなと思っています」
―“フランスで売る”にあたって意識しているブランド構築・維持の考え方などはありますか。
「“歴史を語りブランドを語る”ことを意識しています。歴史はフランス人の知的好奇心を刺激し、ブランドイメージ形成に磨きをかけます。また出店地がサンジェルマン・デ・プレ地区、富裕層の住むエリアですが、彼らの来店を企図して出店した思いもあります。また商品の魅力の伝え方も工夫してあります。パッケージも刷新し、商品名についても長いネームは全てシンプルな日本語に変えて販売していますね」
―販売方法はどのように細分化されますか。それぞれの感触はいかがですか。
「インターネット、店売り、BtoBの3つの柱で動いています。サロン・ド・ショコラ、ジャパンエキスポなどイベントへの出展にも力を入れていますね。店売りについては、販売・喫茶・イベントがあります。毎週土曜日のお点前の体験が大変な人気ですね。フランスでは料理教室がかなり流行っていますが、お茶・海苔についても同じ感触を受けます。やはり全く知らない商品を単に売ることは難しく、アトリエや語りを通じて魅力に気づいてもらおうとしているんです。店舗からの売り上げが多く、BtoBとインターネットの売上割合を上げていきたいところです。インターネットは、フランス自体がネット販売を嫌悪してきた経緯もありやっと最近伸びてきたところですから、今後期待できますね」
―フランスを中心にしながらも、諸外国への販売網拡大はどうでしょうか?
「フランスを出発点にヨーロッパ諸外国へ拡大させようともしており、スイス・ドイツ・ベルギー・スウェーデン・オランダなどで良い感触を得ています。やはり始めは富裕層が対象となりますね」
―日本茶を広範な層に広めたい思いはあると思います。富裕層を超えた普及への取り組みはありますか。
「そうなんです。ジャパンエキスポなどを通じ“伝統”にとらわれない若者への拡大も考え始めていまして、“抹茶のスタバ”を企図して二店舗目を検討しています。ただし、フランスでは立ち飲みが実は少ない」
―仰る通りですね。外国資本、それこそスターバックスぐらいのものという印象です。
「そうですね。また立地も重要で、この店舗が立地するサンジェルマン・デ・プレは富裕層・セカンドハウスをもつ外国人・資本力のある観光客のためのエリアと言っていいでしょう。人通りは少ないが、重要な顧客が訪れるわけです。抹茶ドリンクを提供するような店舗の場合、“寒くても人が通る”元気のあるエリアへの出店が求められます。マレあたりはどうかと考えているんですよ」
―マレというと、モードの発信地であったり、かわいい雑貨屋であったり、若者に人気のある賑わいあるエリアですね。
ところで、フランス人は欧州諸外国と比較して日本人が好きと言われます。それについてどう思われますか?それに対応したビジネスの在り方などは工夫されていますか。
「日本好きはフランス人のうんちく好き・好奇心旺盛さに由来するのでしょう。大きく異なる形で文化的成熟を迎えた日本を知ることは、彼らにとって一つの教養になるのです。そして好奇心が強い人は富裕層に多いということも、ビジネスとしては利点となっています。また若者をみても、ジャパンエキスポで抹茶ドリンク片手に写真を撮るコスプレをしたフランス人の若者をみていると日本への強い関心と、それに比例したビジネスチャンスを感じます」
―フランスで日本茶を売るにあたって直面した日本との違いなどはありますか?お店にいらっしゃるフランス人の反応をみて、新たな学びなどはありましたか。
「海苔とお茶、の組み合わせは日本では極めて一般的なことです。海苔を卸す需要はお茶と共にあり、またお中元・お歳暮など贈答において組み合わせて使われてきました。ただしこれをフランスで理解されることは難しく、質問されることが多いですね」
「価格設定ですが、初めは何せ手探りでしたから、基本的な商品を揃え、商品理解も難しいはずであるから価格も安めに設定しました。すると、“こんな玉露はあり得ない。安すぎる”と逆にお客様に高い商品を求められたんです。高いものが良いもの、という考え方が強く、価格も高めに設定するようになりましたね。一方フランス人がどこまで価格の価値を理解しているかは不明で、“玉露”というブランドイメージから美味しいに違いないと信じているような人もいます。抹茶が葉でなく粉だと知らない顧客もいて、説明に苦労したり…(笑)」
「そもそもお茶を全く知らない人は、店にはなかなか来ないです。展示会では興味本位の人が多いですけどね。以前から教養としてお茶を知っている人であったり、日本独特の”旨味”が分かるような人が来るわけです。これでは、日本茶をフランスに広めることはできません。この学びから、出店する二号店は甘い抹茶ラテや抹茶アイスクリームのように、単に日本の味を押し出すのではなく、一ひねりしてフランス人の趣向に合わせたものを提供していく予定です」
―日本茶を広めるにあたり、今後の展望はいかがですか。富裕層の街パリといえど、欧州全体の不景気も相俟って懸念材料もあるのではないでしょうか。
「イギリスはお茶文化、フランスはカフェ文化と呼ばれていましたが、健康志向から近年カフェインが少ないお茶がブームになってきているんです。マリアージュフレールやKUSUMI TEA、ルピシアなど、お茶を扱いフランスで人気を増しているブランドは増えています。確かに不景気のなかアパレルは冴えませんが、依然として食品は強いですね。フランス人のエンゲル係数、高いですよ。“外側でなく中身から”の意識が徹底していて、食事にはお金をかける。その点で、商品の価格改定だけでなくよりプレミアムのついた商品も扱っていくことを検討しています」
―店舗にはお茶道具も置いてありますね。日本茶を求める人は、これらも買っていくのですか?
[caption id="attachment_158" align="aligncenter" width="199"] 輪島塗のお棗[/caption]
「お茶道具とお茶そのものの需要はなかなか結びつかないんですよ。茶器は、骨董品好きやコレクターに受けます。お茶を飲みたい人、お茶道具を集めたい人、は綺麗に分かれるわけです」
―海苔は、お茶に比して評判はどうなのですか?
「海苔はBtoBで卸すことにほぼ特化しており、店舗での売り上げは少ないですね。日本人はお茶をたくさんもっているので海苔を買ってくれますが、フランス人はそもそも茶葉を持っていないのでお茶の方をたくさん買ってくれます。海苔の方が受け入れられるのに苦労しますね」
―エセック留学やパリ第三大学での修士取得など学問的な部分を含め、フランスで長期に渡り多様な経験をされてきた丸山さんですが、長く暮らされてみて、“日本人がフランスで暮らすこと”を、どう感じられますか。
「この20年で相当変わったと思います。エセックへ留学していた頃は、アジア人でひとまとめにされていましたよ。今は本当に日本に対して尊敬の念を持っているように感じます。特に、3.11の影響が大きかったのではないでしょうか。“あの脅威にここまで勇気をもって闘い、助け合った国はない”、と。たくさんのフランス人が泣きながらお店にかけつけてくれたんです。これに関連して日本的な生活、日本的な精神文化を評価する動きを感じます。例えば10年前には、日本がこのようにポジティブに捉えられることはなかったんですよ」
―このように日本が評価されていくなかで、新しいビジネスチャンスを感じられることはありますか?
「伝統工芸の方々がお店に商品営業をしてくれることも多いですが、伝統工芸品の販売はなかなか難しいのが現状ですね。ただし、クリスマスは唯一買ってくれる人が多い時期で、カップルで“あの茶器を買ってあげるよー、色は何がいい?”などと話していたりします。少しモノが変わりますが、マッサージ器などが近年流行りだしたようですね。フランスにはいわゆる”癒し系”のプロダクトが大変少なかったですから、その点で随分進んでいる日本にはビジネスチャンスがあるかもしれませんね。そして先ほど申した通り食品はまだまだ安定しているので、オペラ地区(注:日本人居住者の集まるエリアで、日本レストランや書店などが多く並ぶ)以外にもレストランの展開はできるでしょうね」
―学生へのアドバイス等があれば頂戴できますでしょうか。
「若いうちは、好き嫌いなく好奇心をもって人と付き合うことです。年齢を重ね、余裕ができると、苦手な人を避けても生活はできてしまう。そこから新しい人間関係をつくることはとても難しいと思います。」
―有難うございました。
最期に、フランス留学をしている学生へのメッセージ、またフランス留学を検討している学生へのメッセージを書いていただきました。
"フランス人の日本に対する興味、尊敬の念はここ数年更に輪をかけて増しているように感じられます。若者は日本のアニメ・POPカルチャーに興味を、また中高年の方は日本の伝統文化に興味を、そしてまた老若男女問わず日本料理は大人気で、本当にありがたい限りです。留学生のみなさん、またフランス留学を検討している皆さん、もっともっと日本の素晴らしいところをアピールしていってください。そうすることで、留学生活が、色々な広がりを持つことは確かです。"
丸山様、ご多忙の中ありがとうございました!
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丸山真紀 様
東京都築地生まれ。慶応大学法学部法律学科卒業後、途上国開発援助プロジェクトマネージメントに6年従事、アジア、アフリカを数十カ国にわたり回る。2003年よりパリ在住。2005年より寿月堂パリプロジェクトに従事し、2008年にパリ店をオープン、現在に至る。実家は海苔の老舗、丸山海苔店。
仏テレビ番組"Goûts de Luxe"出演のご様子はこちらをクリック!
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寿月堂パリ
2008年10月にパリ6区サンジェルマン地区に寿月堂初の海外店舗としてオープン。日本茶専門店として、静岡、鹿児島、京都等を産地とする高級日本茶を提供、茶器も扱っている。地上階には5席の喫茶スペース、地下は茶道具等の展示スペースとなっており、また土曜日には、お点前の体験講座も開催している。
店舗設計は隈研吾氏。
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