ソルボンヌ大学(パリ第4大学)博士課程の川﨑瑞穂です。前回の投稿(2015年6月8日)では、パリの「研究発表会」について紹介しましたが、今回は、自身の体験を踏まえて、「参与観察」という視点から留学生活について考えてみたいと思います。
私は「民族音楽学Ethnomusicologie」という分野で研究をしております。「民族学Ethnologie」は、研究対象とする社会で実際に生活をしながら調査を行う、いわゆる「参与観察」をその方法論の中心に据えており、同じく「エスノEthno」を冠する研究分野に属している私も、今まで日本各地の民俗芸能の現地調査を繰り返してきました。しかし、幸か不幸かフランス語がさほど上手くない私にとって、パリ留学はまさに、字義通りの「参与観察」でした。中でも、ある教会の年間行事のほぼ全てに参加した経験は、この留学の中で最も印象的な参与観察であったといえるでしょう。以下に、その中のいくつかの出来事を採り上げ、紹介してみたいと思います。
「アルクイユ・サン=ドニ教会Église Saint-Denys d’Arcueil」(執筆者撮影)
私の住んでいるアルクイユという地域にある「アルクイユ・サン=ドニ教会」は、 12~13世紀に建立された、ゴチック様式の荘厳な教会です。2014年9月28日、この教会のミサに初めて伺いました。神主の家系に生まれ、浄土真宗のお寺で龍笛を吹いている私ですが、カトリックの幼児洗礼を受けているクリスチャンでもあり、日本では毎週カトリックの教会でオルガンを弾いております。ミサ終了後、シスターとオルガニストに、私が日本の教会でオルガンを弾いていることを話すと、快くパイプオルガンを弾かせていただけることになりました。またここアルクイユは、私の好きな作曲家エリック・サティErik Alfred Leslie Satie(1866‐1925)が後半生を過ごした場所であるため、オルガニストにサティの家を伺ったところ、すぐに案内してくださいました。ちなみにサティの家の近くにはサティのお墓だけでなく、「エリック・サティ通り」という通りもあり、アルクイユの地でサティが今でも慕われていることがよくわかります。
「エリック・サティ通り」(執筆者撮影)
この日以来、毎週この教会に通うようになったわけですが、「休戦記念日」の11月11日、オルガニストに呼ばれ、夕方教会に伺いました。なぜか龍笛を持ってきてほしいということでしたが、話を伺うと、11月23日、キリスト教国では1年の締めくくりにあたる「王であるキリストFête du Christ Roi」という祝日のミサの中で、龍笛を吹いてほしいということでした。ミサの中で、子ども達が行列になって蝋燭を祭壇に持って行く場面があるらしく、その間に何か龍笛で演奏をしてほしいということでした。全く予想をしていなかったので、とっさに思い浮かんだ《一行の賦》(芝祐靖作曲)という龍笛の独奏曲を吹いてみました。反応は非常に良かったのですが、曲は皆が分かるもののほうが良いということであったので、次にサティの《ジムノペディ Gymnopédies》第1番を吹いてみました。それはもちろん、ここがサティゆかりの地だったからですが、これがオルガニストには満足であったようで、当日はこの曲を演奏することとなりました。
そして、11月23日の「王であるキリスト」のミサで、実際に龍笛を吹きました。1年の締めくくりの超満員のミサで、しかも司教(と、私の寮の支配人)の前での演奏は、日本では感じたことのないプレッシャーでした。というよりは、文化的なコンテクストを共有していない場で、彼らの音楽を、しかも異国の楽器で演奏するのは、もはや何がプレッシャーであるかも分からなかったという方がより正しいかもしれません。ともあれ、お気に入りの作曲家ゆかりの地のミサで、彼の曲を演奏したことは、とても良い思い出になりました。
演奏(練習中)の様子(オルガニスト撮影)
12月8日には、教会でパーティーがあり、「この前ミサで笛を吹いた人」という謎の枠で招待されたので、出席しました。ちょっとしたご飯かと思いきや、コース料理でした。パーティーの雰囲気が、日本でお祭りの調査をするときにしばしばお邪魔する、いわゆる「直会(なおらい)」に似ていたのが大変興味深かったです。主な直会との類似点を挙げるとすると、「お祭り(ミサ)の後に行われる」「ご婦人方の手料理」「大量の食べ物」「若い人はたくさん食べるべき、と大量に盛られる」「大量のお土産」「神主(神父)は良い具合の時間で引き上げる」「内輪の話が多い」「酔いが回ってくると何を言っているのか分からない」「盛り上がってくると話がローカルネタすぎて分からない」「たけなわになるとローカルな歌を歌いだす(部外者たる私は入れない)」「誰かが小噺を始める(これは直会だとあまりないかもしれませんが)」「流れ解散」、等です。日本の直会だと「永久に日本酒を注がれ続ける」というのがあるので、フランスでも「永久にワインを注がれ続ける」のかと期待していましたが、残念ながらそれはありませんでした。もっとも何よりの類似点は、終始私の立場が謎であったことかもしれません。日本だと「民俗芸能をはるばる東京から観に来た謎の院生」、フランスだと「この前笛を吹いていた謎の東洋人」ですから。
パーティーの様子(執筆者撮影)
さて、パリの12月の行事といえばやはり「クリスマスNoël」ですが、12月15日、夕方教会に呼ばれたので伺うと、今年のクリスマスの行事の話し合いでした。彼(彼女)らがどのように行事の行程を作成していくのかをみるのは大変勉強になりましたが、その話し合いの中で、クリスマスにまた龍笛を演奏することになりました。そして12月24日のクリスマスイヴの夜のミサでは、キリストの降誕を子ども達が演じる「降誕劇」で、《聖しこの夜》や《来たれ友よ》といった、日本でもおなじみの曲を龍笛で吹きました。
「降誕劇」の様子(執筆者撮影)
このように、教会行事のほぼすべてに参加しただけでなく、実際にその行事を体験することで、私は、はからずも「エスノ」を冠する自身の学問分野の実践をすることができました。もっとも、私の場合は教会でしたが、どのような領域であれ、このように異国の何がしかの集団の生活に加わるということは、ある種の「参与観察」の性質をもっているものなのではないかと思います。現象学的社会学者のアルフレッド・シュッツAlfred Schütz(1899‐1959)は、「よそものと共同体」という文の中で、「よそもの」が他の集団に参入するということは、「いわば正面席から舞台に飛び上り、共演者達との社会関係に入り、進行中の芝居に加わること」であると述べております。留学先では、様々な種類の「集団」に出会うことになりますが、どのような分野であっても、シュッツのいうように「正面席から舞台に飛び上り、共演者達との社会関係に入り、進行中の芝居に加わること」を恐れないことが、留学生活をより豊かなものにする手段の一つであろうと思います。
ソルボンヌ大学(パリ第4大学)博士課程
川﨑 瑞穂
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