フランスのアカデミックな世界に触れるもっとも簡単な方法、それは学会・シンポジウム等の「研究発表会」に参加することではないでしょうか。フランス、特にパリでは、毎日といってもよいほど多くのシンポジウムや学会の研究発表会が開催されております。会場は様々で、大学はもちろんのこと、美術館や博物館等でも行われることがあります。私は 2014 年 9 月からこの文章を執筆している 2015 年 6 月までの間に、文化人類学や哲学、そして私の専攻である民族音楽学など、様々な分野の研究発表会に参加(計 12 回)し、内1 つでは自らも研究発表を行いました。
私の所属しているソルボンヌ大学(パリ第 4 大学)でも、多くの分野の研究発表会が開催されております。(以下写真は全て執筆者撮影) |
研究発表会に参加することの最も大きな魅力は、第一線の研究者による最新の研究を知ることができる、ということでしょう。もっとも、それらのほとんどはフランス語であるため、それ相応のリスニング力は必要です。しかし研究発表会では、最新の研究に、耳だけでなく、目でも触れることができます。フランスでは、日本の研究発表のようにレジュメを用いる習慣はあまりないようですが、最近ではどの分野の発表でもパワーポイントを使用しているため、情報量はより豊富です。読解力にかなりの自信がある人でも、フランス語の文献を、限られた留学の時間で多読するのは非常に難しいことです。耳と目を使って、最新の研究に数時間で触れることができるのは、なかなか「おトク」なのではないかと思います。
また、多くの研究発表会は入場無料です。ほとんどが、事前予約の必要がありませんし、もし必要な場合でも、大学等の所属があればメールで簡単に登録することができます。そして、会の途中ではしばしば「ポーズ・カフェ La pause-café(コーヒーブレイク)」があり、お菓子が出ることもあります。お菓子を食べ、コーヒーを飲みながら、多くの研究者と交流することも、また貴重な体験であるといえるでしょう。
「ポーズ・カフェ La pause-café」の様子。(写真はコレージュ・ド・フランスで開催された考古学のシンポジウム“L’argent des dieux” 2014 年 10 月 16日) |
そして、議論好きなフランス人の白熱する論戦を聴くことはまた、彼らがどのような部分に問題意識を持っているのかについて知るよい機会です。私は日本の民俗芸能を研究しているため、日本学系のシンポジウムによく出席しましたが、その中ではしばしば、日本人では問題にしないようなことについて長々と議論をする場面に遭遇しました。それは、われわれが日常で「括弧」に入れてしまっていることに気付く機会でもあるといえましょう。
そして、これは最初の利点とも重なりますが、第一線の研究者に実際に会うことができる、という利点があります。おそらく、ほとんどの留学生が何がしかの専門分野を持って渡仏することと思いますが、研究発表会では、その筋の第一線の研究者の、しかも最新の研究を聴くことができるだけでなく、うまくいけば話をすることができます。私の留学での一番の思い出は、あるシンポジウムで、20 世紀フランス思想の生き証人である、フランスの哲学者ジュリア・クリステヴァ(パリ第 7 大学名誉教授)に会い、お話しをすることができたということです(シンポジウム «“L’étranger” Étranger, qui es-tu? Étrager, qui suis-je? » 2014 年 10 月 1 日)。シンポジウム終了後、緊張しながらも、私は恐る恐る帰り際のクリステヴァ先生に話しかけてみました。名刺を渡し、たどたどしいフランス語で自分の研究や、先生の本をよく読んでいることなどを話すと、先生は優しく「来年の私の講義にいらっしゃい」とおっしゃられました。シンポジウムでのお話のときには非常に厳格な雰囲気でしたが、直接話してみると、大変優しい方でした。歴史上の人物であり、もっとも尊敬する学者のひとりである方と話すことができたことは、私にとって大変貴重な思い出です。留学前、この目標だけは叶わないだろうと薄々思っておりましたが、少しでもアンテナをはって注意しておくと、意外とチャンスは転がり込むものなのだとつくづく実感しました。憧れの学者が目の前で生き生きと話すのを見ることができるのは、留学ならではの経験であるといえるでしょう。
フランスの「知の殿堂」、コレージュ・ド・フランス。 |
また、「自由に聴くことができる」という点では、「コレージュ・ド・フランス Collège de France」の講義は大変有意義なものであるといえます。フランスの知の殿堂として名高いコレージュ・ド・フランスも、先生との距離は実に近く、ある日、仏教学者のジャン=ノエル・ロベール教授の講義に出席し、終了後に話しかけたところ、別の日に開講されている「和歌」と「漢文」に関するセミネールを聴講させてもらえることになりました。まさに「シチュブ(よかったら)Si tu veux」で繋がる世界です。特にパリは狭いですから、「シチュブ」を数珠つなぎのようにしてどこまでも繋がっていくことができるのが、パリの研究発表会に出席する魅力であるといえるでしょう。
私が研究しているフランスの文化人類学者、クロード・レヴィ=ストロースの名を冠したシンポジウム会場。(コレージュ・ド・フランス) |
そして、私の場合は幸運にも、フランスでの指導教員の所属する学会で、自分も研究発表をすることができました。フランス語での質疑応答が心配でしたが、どちらかというと質問の内容の方が難しかったように思います。日本の学会発表では聞かれないようなことを聞かれたので、なかなか答えるのが難しかったです。徹夜で作った想定問答は何の役にも立ちませんでした。しかし、それゆえに、自分がどのあたりを「当たり前」だと思ってしまっていたのかも、分かったような気がします。フランスの研究者や学生の発表を聞き、また自らも発表することで、自身の研究を大きく発展させることができたと思っております。
私の研究発表の様子。(“Journées DoctoralesMusique et Musicologie” IReMus、ソルボンヌ大学、2015 年 3 月 28 日) |
このように、私は今回の留学で多くの研究発表会に参加しましたが、そこで日本人に会うことはほとんどありませんでした。もっともそれは分野によっても違うでしょうが、このような魅力あふれる交流の機会を逃すのは、非常にもったいないことです。研究発表会は大学の掲示板などに張り出されているポスターで見つけることができますが、それだけではなく、インターネットで好きなキーワードを入れて検索すれば、研究発表会のサイトをたくさん見つけることができます。私は研究発表会に多く参加することで、有意義な留学生活を送ることができました。これから留学される方も、現在留学されている方も、ぜひ、ためらわずに研究発表会にどんどん参加していっていただけたらと思います。
ソルボンヌ大学(パリ第 4 大学)博士課程
川﨑 瑞穂
留学の様子が良く分かりました。
返信削除少しの勇気が、大きな道を切り開く
返信削除学生だけではなく、大変参考になりました。